asagi maeda life work blog

asag.exblog.jp
ブログトップ

<   2006年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧


2006年 03月 30日

日食。さやちゃん。桜。オーラ。

昨日は日食でしたね。
今回のはトルコとかだったみたいだけど、子供の頃一度日食を見たことを思い出しました。うおーって思ったのを覚えてます。

昨日は友達のさやちゃんのスタジオに遊びにいき、その後近くの愛宕神社に行き、満開の夜桜を見ました。
なんだかあんまりじっくりと桜をみたことってなかったかもなって思って、堪能しました。でも夜桜ってちょっとブキミですね。生命力が強すぎて、なんだか迫って来る迫力のようなものを感じました。美しすぎるって怖い。

さやちゃんは、FITのクラスメートで、ジュエリーデザイナーです。主にアメリカで活躍しています。ファッション系ジュエリーで、ブリトニーとかが付けたり、雑誌とかにもバンバン載ってて、頑張ってるなーって。頑張ってる人大好きなので、いつもオーダーに追われて忙しそうに走り回り、ニューヨークと日本を行き来している姿を見てると微笑ましく(?)、私も頑張ろ〜みたいな、元気貰ってます。
さやちゃんのブランドのHPはコチラ

さやちゃんのスタジオの一階は、アイカジュエリーというパワーストーン(水晶とか)のお店です。(ファインジュエリーもあります。)
そのお店のオーナー(?)のじゅんこさんは、オーラとかが色々見える人で、その人にピッタリのパワーストーンを選んでくれます。
じゅんこさんによると、私のオーラの色は殆ど白に近い青、だそうで、ほんの少し紫も入っているそうです。
それで、彼女が私のために選んでくれた石は、なんとかハンドライト(名前わすれちゃたけど、天使の羽っていう意味らしい。)という石で、ロウ石みたいなほんのり青い白い石。買うつもりは全くなかったのだけど、ひどく気に入ってしまったので購入。
生まれて初めてパワーストーンなるものを買ってみました。
でも、水晶みたいにパワーの強い石ではないそうです。

オーラと言えば、2週間くらい前、オーラ写真なるものを撮ってみました。
両手を不思議な丸ぽっちの沢山ついた台に載せてそこから体内の電磁波をコンピューターで読み取って、それをオーラとして色に変換して写す、みたいなものです。
e0001473_1515839.jpgこんな感じでした。写真に写る感じと、コンピューターが示す色は微妙に違っていて、ゴールド、オレンジ、黄色、黄緑っていうのが出てました。これで性格なんかをコンピューターが出してくれるのですが、それがかなり当たってました。創造的とか、刺激的なアイデアを常に求めるとか、子供っぽいとか。すごく面白かったです。

それで、じゅんこさんに言われた色と違ったので、オーラ写真を見せたら、色の見え方っていうのはそれぞれで、どれが正しいとかではなく、見る角度が違う、のだそうです。なるほどな。と思いました。
じゅんこさんいわく、好きな色がオーラの色の事が多くて、自分が一番分かっているのよ。と。。。なんだか、それ。分かる。
服でも、靴でも、瞬時に私らしい!って思うものの色や雰囲気っていうのが、私のオーラなんだろう。それを言い出したら、素材感とか透明度とか、湿度や匂いまでオーラについて語れるかもしれないです。

[PR]

by aasaag | 2006-03-30 15:16
2006年 03月 28日

恋愛運

どうしてかは知らないけれど、運っていうのは運ぶって書きますね。
運はチャンスで、チャンスは人を次のステップに運ぶ、からでしょうか?
私が今まで一番運ばれて来たものは恋愛です。
恋に運ばれて、ここまで来たな。とよく思います。だから、そういう意味では良い恋愛運と言えるかもしれません。

高校生の時、新宿の母に手相を見てもらった時、
「あなたは仕事はおばさんのように成功するけど、いい恋愛はしないわ。でも長生きするわよ。」と言われました。
生まれて初めて行った占いで、しかも17歳が、仕事の成功と長生きを約束されても、何も嬉しくないのです。良い恋愛をしないなんて、死んでるも同然じゃないか!!と思ったのでした。

実印を作った時、名前の画数を見てもらったのですが、
「前田あさぎという画数は仕事には最高だけど、恋愛には最低です。男の様に強すぎて、いい恋愛は出来ません。仕事以外では名前を変えたらどうでしょう?」と言われました。それ以来、意味があるかは分かりませんが、自分の名前はローマ字で書いています。(それなら画数関係ないだろーと思って。)

これだけではありません。
占い師はこぞって「いい恋愛をしません」というのです。なぜ??
確かに、恋愛でつらい経験は何度もしたけど、でも、やっぱりそれがなかったら、ニューヨークにも行かなかったし、ジュエリーだって始めてないし、カナダにも渡らず、今頃一体何をしてたか恐ろしくて考えられません。

19歳の時、恋だけが関心ごとで、夢というものを私は持っていませんでした。
美大に合格したけど、特に何になりたいのか分からなかったのでした。アーティストなんて、なんだかすごそうなものにはなりたくないなーって思ってました。
でも、この時すごく好きな人が出来て、学生結婚したのでした。
舞い上がって、結婚とかもいいかも!みたいな情けない軽いノリで結婚したのでした。
結局、1年半で破局になって、21にしてバツイチになったわけですが、この結婚が私の全てを変えたと思ってます。
転機、ってやつですね。
結婚に憧れてたけど、それは甘いものではなかったし、お金も本当に無くてバイト3つ掛け持ちでほとんど大学に行けなかった時、初めて「作りたい!」と心の底から思いました。それから、どんどん夢が出て来て、英語を勉強し始めて、日本脱出計画としてニューヨーク、ニューヨークと呟くようになったのです。
離婚した時、背中に羽が生えたと思いました。どこにでも飛んでいける!っていう。
それで何年後かに、本当にニューヨークに飛びました。

だからニューヨークっていうのは、おまじないみたいに呟くだけで、心が自由の光に照らされるようなイメージが、未だにあるのです。それはなんだか理想郷、みたいなところです。実際のNYとは違う、独自のイメージ。

そんなわけで、ニューヨークには、恋愛運で行きました。
だから私の恋愛運は良くないかもしれませんが、大きいです。いつも恋によって、大きく移動してます。
恋愛は大好きです。ありとあらゆる気持ちを感じる事が出来るので。
そうだ。絶対、私はいい恋愛をしている、と思う。なんで占い師はみんな分からないんだろう?
[PR]

by aasaag | 2006-03-28 02:10
2006年 03月 23日

自分らしさ。格好悪さ。どこまで見せられるか。

1人で作品を作っていると、色んな事が分からなくなってしまう時っていうのがあります。今年に入ってからのスランプは3年ぶりくらいのスランプでした。

ちょうど同時多発テロの頃、FITのジュエリー科に通い始めて10日も経たない頃で、「私は一生これをやっていくんだ」っていうジュエリーとのかなり衝撃的出会いを感じていた頃でした。
それから一年間、ほぼ毎日朝9時から夜中の2時まで、週7日、殆ど寝ないでジュエリーに没頭しました。1年しか学校に行かないから、何でも吸収したかったし、授業にないことでも知らない事で知りたい事はとにかく何でもやりました。大好きな友達たちがいつも居て、分からない事は何でも全部教えてくれる素晴らしい教授陣。最後は過労で病気になったけど(笑)、FITの日々は本当に本当に楽しい輝ける日々でした。

最初のスランプはFITを卒業してニューヨークから大好きだった人を追いかけてバンクーバーに引っ越したところから始まりました。
最初は好きな人と一緒にいられる幸福感にひたって楽しんでましたが(その前は2年も遠恋してたので)、「は。」と我に返った時、いつも近くに居て励ましてくれた友達も、頼りにしていた先生も、勿論いないわけで、道具を買いに行っても、材料を買いに行っても不便極まりなく、学校の機材をふんだんに使って制作してきたのに、そんなものも勿論無い。売り込みに行っても、置いてくれるお店もないし、興味を持ってくれても値段が高すぎると言われる。そんなバンクーバーで、すっかり何を作りたいのか分からなくなってしまったのでした。
この頃ずっと思ってたのは「売れる物を作らなきゃ」ってこと。
安くて、大量に作れて、どんどん売れるもの。。。でもそれを考えると何も浮かばない。自由に好きなものを作りたくても、誰も見てもくれないのに、作れない。しかも、作りたいものを作れる機材がない、分からなくても誰も教えてくれない。

そんな苦しい状況はバンクーバーに住んでた1年間続きました。その間、ジュエリーが作れないので(って言っても細かいものは作ってました。作品と呼べる様なものが作れなかったので)、友達と一緒にファッションショーを開催して、服を作ってみたり、思い切り遊んで暮らしてました。

バンクーバーにはワーホリで行っていたので、1年経ってビザが切れる直前、学生の時に作った作品とバンクーバーで作った中途半端なジュエリーを持って、もう一度ニューヨークに行きました。もう、日本に帰らなきゃいけないから、どうにか北米とつながりを持つ最後のチャンスと思って。

今でも私のことを励まし続けてくれてる恩師Chie先生に会った時、「asagiはモビリアがいいんじゃない?」と言われました。
モビリアというのは、ボストンにあるギャラリーです。アメリカではギャラリーと言っても色んなタイプのギャラリーがあって(ファインアートだけじゃなくて、陶芸専門ギャラリーとか、ガラス専門とか)、全米の中でもアートジュエリーならココ、みたいなギャラリーがいくつかあります。
だから、ジュエリー全部持ってボストンに行きました。電話してアポ取って、ノコノコ行きました。このことはまた今度書きますが、オーナーが私の作品を気に入ってくれて、その場で注文と契約書にサイン。
今でも、このギャラリーからSOFAにも出展させてもらってます。

(ごめんなさい。ここからが本題。今日、書こうと思った事です。ピー。前置き長っ!)
その時、モビリアギャラリーでは楠本まりこさんという日本人の彫金作家の展示をしていました。
そして、彼女の作品を見た時、頭をガツーンと殴られた様な感覚に陥りました。
探していた答えがそこにあったからです。
彼女のHPはないのだけど、モビリアのHPに作品の写真が載ってます。ココをクリックして絶対見て!
見ないと分からないすさまじい作品です。私が見たのはここに載ってる「いろはうた」と「着せ替え人形」と、「箪笥の奥」、「Mother nature」です。「いろはうた」は、片面B4くらいの大きさの箱の中にい、ろ、は、に、ほ、へ、と〜〜、と小さい箱に別れていて、その中が飛び出す絵本みたいな、からくり仕掛けになってます。オルゴールで音楽も付いてます。「着せ替え人形」は文字通り立体彫金着せ替え人形で、服は勿論、かつらからおもちゃまでとにかく細かくて、すごくて、欲しい〜!みたいな。ちなみに、ロビンウィリアムスが持ってるらしいです。これ。とにかく、すごい。
写真じゃ伝わらないけど、とにかく mariko world全開。
着せ替え人形の枠以外、全て金属です。もともとエッチング作家なので、殆ど全てエッチングです。
これでもかってくらいに装飾的で、おどろおどろしい、息が詰まるくらい徹底した世界観。好き嫌い、センス、技術、そういうものを超えたところに位置しているって思いました。

そうか。
ここまで自分らしさを前面に押し出して、ここまでやりこめてしまったら、もう認めざるを得ないんだな。
好きだの、嫌いだの、センスがいいだの悪いだの、技術的にどうとか、言いたくなっちゃうのは、やり方が中途半端だからなんじゃないか?
全てやり尽くされた、と言われる時代の、新しいものってのは、完全な自分らしさの探求にしか残されてないんだ。
何が全てを台無しにするかは、これだ。
「ちょっと格好良くしよう。」
それで全部がだめになる。自分らしさは少しでも損失させちゃいけない。
格好悪くてもいいんだ。
格好悪さそのままありのままで突き通したら、それが一番格好いい。だだー(涙)
そうだ。フレディーマーキュリーだって、はっきり言ってものすごく格好悪い悪趣味を貫き通してスターだよ。それだよ。

それから吹っ切れたように、制作出来るようになったのでした。
機材がなくても、本気で作りたければ絶対にどうにかなる。

そんなわけで、私は楠本まりこさんの大ファンです。去年のSOFAでは実際にお会い出来て、たまにメールとかします。(自慢)
私が何度も繰り返しオウムのように、「まりこさんの作品を見て、感動して、また作れるようになったんです。」と言うので、ちょっと気持ち悪がってるかもしれません。
すっごく気さくで面白ーい人です。
e0001473_12223522.jpg

まりこさんとニューヨークSOFA2005にて。まりこさんの作品の前で。
[PR]

by aasaag | 2006-03-23 12:38
2006年 03月 21日

next work

やっとSOFAに向けて本格的に制作に取り組めるようになりました。
SOFAとは、世界の(と言っても殆どアメリカの)大きいギャラリーが集まって開かれるクラフトショーです。クラフトショーと言ってももっとずっとアートなもので、(SOFAはSculpture, Objects & Functional Artの略で、彫刻、オブジェ、機能的アート。HPはコチラから)
アートジュエリーの世界ではこれが一番大きい展示で、アートジュエリーも色々あります。私も6月にニューヨーク、11月にシカゴとここ2年くらい参加させてもらってます。その度に理由をつけてアメリカに行ってます。
これがあるから、頑張れる。みたいな私を支えてくれてる展示です。

ここで発表できるから、本気で作りたいものはなんだろうって考えられる気がする。日本にはまだまだこういうところはないです。しかもアメリカ人は面白いと思ったらお金を払ってくれる。いくら面白いとかすごいと言われても、やっぱり売れないと意味がない。それはお金が入るということ以上に認められたっていう嬉しさです。

今回のSOFAの作品はエナメルが中心です。e0001473_2045591.jpg
なんだか今は色が使いたくて仕方が無いみたい。一つ目のネックレスはこんな感じのエナメルの色合いで、今日試し焼きをしてました。

制作のペースはかなり戻りつつあります。
一番調子いいペースだと一日12時間くらい作業します。

ここに色々書いてきたこと、もう段々分かって来ました。なんでスランプだったのか。
それは、The Breathing Earthを作った時、正直これ以上のものは作れないんじゃないのかなって思ったからです。あの作品の全てが私自身。全部好きなもの。好きな形。好きな音楽。メッセージ。言葉。全部、全部。もろasagi world.
そんなに褒めたたえるほどの作品じゃないけど、自分の中で恐ろしい程の満足感があった。(asagiらしさに満ち満ちてる!と思って。。)
でも、満足したら、何も作れないんです。不満だから作れる(笑)
人は進化してるので、絶対に前よりいいものを作りたいと思う。なのに満足してたら、勿論それ以上なんて思いつかない。それは苦しい事です。

今回の作品はあーんまりasagi worldではないです。
それが進化だって認めてあげられなかったから、なかなか進まなかった。
今回は、歌詞カードのないCDみたいな。あなたが自由に解釈してね。っていう。
ちょっと大人な感じ(??)

自分の頭の中の世界観だけを頼りに追求してったら、そりゃ具合も悪くなるさ!
そう、やっと一人称から二人称に移行してみようかな、みたいな。
そんな感じです。
[PR]

by aasaag | 2006-03-21 20:34
2006年 03月 19日

なんで作るのか

なんで作るのか。

気持ちを表現したいから?
言葉でなんか表せないから?

この「んっ」っていう感覚とか。
でも、その「んっ」は一瞬過ぎて、伝えるには自分さえもそれが何なのか分からなくて。
「んっ」をより感じようとそこに焦点を当てると、「んっ」はどんどん逃げて行ってしまう。

でも実は時っていうのは「んっ」の連なりなんだ。
つながっているようだけど、実は映画のコマみたいに今は永遠に裁断できる。

今フト思った事は
気体が冷えると液体になり、最後は個体になるように、感情も気体のように熱く沸き上がり、冷えると同時に固体化されていく。
固体化するということは、まわりと手をつないでいくこと。
刻々と変わる感情と感情とその時その時が、どんどん手をつないでいくこと。
だから感情は個体になると記憶になる。
感情密集地帯は記憶になるし、感情の薄い部分は記憶に残らない。
だから記憶はバラバラに存在する。

全ての最初、ビックバンがあった時、とんでもなく熱い謎の気体(暗黒物質)が飛び散って、空間が満たされた。
でも飛び散り方が均一じゃなかったから、冷えると同時に近くにいる同士がくっついて、どんどん個体化していった。
そうやって銀河が出来た。
だから銀河は宇宙の中でバラバラに存在する。

なんだか、この二つ。似ている。

結局ここに辿り着く。
どうしてそんなに記憶と宇宙を比べたがるのか、自分でも分からないけど。

ただ、確かなことは、
私をたまらない気持ちにさせる感情があって、その中に包まれていたいと思っても、時間がたつと感情は記憶になっていくから、もう感じる事ができなくなってしまうということ。それはお星様のように、ピカピカ光ってしまって、ただただ美しくなる。
非現実的ピカピカ。こうやって、記憶は思い出に変わって行く。

それで、何言いたかったのか、すっかり忘れてしまったけど、多分最初から何言いたいっていう訳でもなかったんだろうな。

消えてしまうから愛しいわけで、忘れるから執着してるんだろうなと思う。
この世界で永遠なんていうものはない。
だから全てが美しい。

だから作るんだろうか?
[PR]

by aasaag | 2006-03-19 00:35
2006年 03月 15日

心の季節

多分、人それぞれ色んな成長の仕方っていうのがあるんだと思う。

何か節目節目に一つの季節が終わったなって思うのです。
それは失恋だったり、旅に出る事だったり、展示なんかも、そう。
そういう節目を迎える度に、背中に青い風が吹くような気がします。
それがどうして背中に青い風なのかは分かりません。
ただ、背中側をピューッと風が吹いて行くっていう感じがするのです。

男の子に限らず、何にでも、すぐに恋に落ちてしまうのです。
21の時に書いた詩(?)
恋をすると 全てが自分に向かってやってきて
自分のまわりで ぐるんぐるん 世界がまわる
そん中に どわーーって ジャンプしてダイヴして
一緒になって ぐわんぐわん まわりたくなる。
調子のりすぎ。いつもいつもさ。

そんな恋が終わると、青い風が吹いて、クールにコツコツ早歩きして、また恋をする。
いくつになっても変わらないんだな。。。
そうやって、少しずつ成長していくんだろうか。。。

21の時書いた詩
なんでも全てを受け入れて どんどんふくれあがって そして破裂する
だって、それしかできないし、そうすることによってしか 前に進めない。

もっとずっとマシになってると思ってたのに、まるで一緒。なんだか情けない。

22の時に書いた詩
こんなこと 突然のように分かるとは。
分かってたはずなのに。
全て変わって行く。
なのに全て変わっていないのかも。
全部不確かだ。
でも、全部確かのように思える。
一つだけ 帰るべきところは、ここだ。
私の中心部にある、時に痛み、浮き、重力を感じ、熱くなったりする。
ここなんだ。
あとは何もない。あるけれど、ない。


しっかり、自分の心で見ること。
自分の力で立つ事。
それから、やさしい気持ちになること。
一つの季節の終わり。
[PR]

by aasaag | 2006-03-15 00:33
2006年 03月 05日

都市が好きな理由

asagiは都市が好きです。
都市の流行には全然ついて行けてないけど、ビル郡を見るのが好きです。

ビルっていうのはでかい箱なんだけど、外から見るとただの箱なのに、中では大変様々なドラマが繰り広げられてるわけで、窓の一つ一つにドラマが詰まっている、そして、そんなビルがこんなにあるって思うと、ドラマいっぱいいっぱいの気持ちになります。
そんなわけで、アパートジュエリーも作ったし。
それは昔っから好きなテーマです。

でも、前回のブログ以来、新しい都市の魅力に気がつきました。
そして、多分こっちの方がメインな理由なんじゃないかなって今は思います。
それは、都市にあるものは、全部人間が創り出したもの。全てもともとは人間の頭の中に存在してたもの。
つまり、都市は空想の世界だからです。
田舎の方が夢があって、都市は現実的って捉えてたけど、逆ですね。自然っていうのは最初から存在しているので、すごく現実的。
で、都市って全て空想の世界、で、実はこれこそバーチャルリアリティーなんだ!
ってことです。

昨日電車の中からビル群を見ていて、人間が空想していた未来都市だよ、これは。
空想は現実になるんだなあ〜。なんて、少し感動してました。
見方を変えれば、当たり前に思っていた事でも、とても新しい気持ちで見られる。
不思議です。
[PR]

by aasaag | 2006-03-05 13:46
2006年 03月 02日

Q にまつわる普遍的な話2つ

昨日のブログにDJ Q-bertのことを書いた時、なんかリンクさせようかな〜ッて思ってQ-bertのHPをcheckしてたのですが、その中のinterviewにガツンとやられました。動画でインタビューが見れるのですが、asagiでも簡単に分かる程度の英語なので、是非見てみてください。もう、普遍的な素晴らしいことを言ってます。
この中で衝撃的だった昨日の“asagiのための今日の言葉”は、Q-bertが制作プロセスについてのところで
「全ては自分の頭の中にあって、子供の心を原動力に自分の空想世界を引き出して来るって感じかな。多分みんなあると思うんだけど。
学んだ事は、世の中に起こってる全ての事、全てのものは、全部最初は頭の中にあったものなんだっていうこと。だから出来る限りクレイジーな想像をしてそれを創り出す。それに創り出したものは、なんでか分からないけど頭の中にあったものよりずっといいものなんだ。それはすごいクールなことだし、頭の想像より実際に作るものの方がいいって知ってるってことは、やる気にもつながるよね。」
みたいなことを言ってました。
太字部分。あったり前のことなんだけど、初めて気がつきました、
人が創り出したもの全て、家も車もPCも、全て頭の中に最初は描かれてたってことです。
そう考えると、私たちって、人間の空想世界に住んでる様なものですよね。素敵です。
実はここは現実世界じゃなくて、空想世界だったんだ!、みたいな。
それにしても、この世の中に起こってる全てのこと、ものは、全部人の頭の中にあったものって、本当つくづく人間の想像力は素晴らしい。
そして、そんな当たり前なのに、気づかなかった事を気づかせてくれたQ-bertに感謝。

その他にも、このインタビューの中で夢を追いかける事の大切さ(みんな人生には目的があるんだから、自分の夢に耳を傾けて、従わなきゃ。それをやらない限りpeaceは得られない。)とか、みんな本当に欲しいものはただのお金じゃなくて、幸せなお金。お金じゃなくて幸せ。幸せを得るにはまず他の人を幸せにすること、そうするとそれが自分に帰って来る。
とか、なんだか良い言葉てんこもりで、嬉しくなりました。それにQbertはかっこいいし、何度も見てしまいました。

それから今日はスタンリーキューブリックの「2001宇宙の旅」を見ました。なぜか一度も見た事が無くて、私の大好きな直感の冴えるNYの友達が昨日のブログ読んで「見て〜」てメールしてくれたのです。
。。。。感動しました。1968年の映画みたいですが、いわゆるSFではないから(哲学だから)普遍的。(最近、普遍的って言うのがどうやら好きみたい)
彼女のメールからコピペさせてもらうと、
。。。封切り当時、この映画の評価は賛否両論に分かれたそうで、余りにも抽象的で意味不明、何を言いたいのか解らない、という声が多かったそう。
キューブリックはインタビューで、「この映画はメッセージではない。2時間19分のフィルムの体験なのだ。私は、観客の意識の底深く訴えかけるような・・・音楽がそうするような、濃密な主体的体験をビジュアルとしてクリエートしたかった。視覚的な体験によって、人間の運命とか、宇宙における人間の役割、哲学的な問題を観客がそれぞれ考えればいい。」と答えたそう。。。
そう、それでその通り、ものすごく考えさせられた、って言ったらちょっと違いますね、多分。感覚として心に響きわたりました。これは、頭で考える映画ではなくて、でも感覚的なところでものすごく沿う映画でした。
それに、まさにこのようなことを最近考えてたので、ビンゴ!って感じです。
有名な映画なので、みなさん見た事あると思いますが、もしなかったら体験してみてください。途中つまらないってもし思っても、最後まで見てください。最後が圧巻です。美です。

今日はQbertにキューブリックのキューdayでした。きっと今日のラッキーアルファベットはQだったに違いありません。ってキューブリックはKubrickだけど。。。

では、おやすみなさい。
[PR]

by aasaag | 2006-03-02 02:35