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2007年 06月 22日

教えるという事

先週から週1回で、7月中旬まで、女子美術大学の立体アート学科の生徒にワックスを使ったジュエリー制作を教えています。

初めての先生役。
最初は緊張しましたが、30分もしないうちに慣れました(笑)
基本的にお喋りなので、自分の大好きな事(制作)について、思うことを喋り、それを真剣に聞いてくれる人たちがいる、という事だけで、とても気分良く、やたら上機嫌です。

3年生の塑像(粘土による彫刻)のコースを選択した人たち、それから他の学年で、ジュエリーに興味のある人たち、計15人程の小さいクラス。
初めてなので、ちょうど良い人数です。

ジュエラーになりたいジュエリー学校で教えるのとは全然違うので、気分的にとても自由です。
彫刻を専攻している人たちなので、彫ることにはサイズが違うだけで慣れているし、自分を表現することにも慣れているわけで。
だから授業は思いっきり自由に、作品を身に付ける事の出来るジュエリーの楽しさを知ってもらおう、と、とっておきの指輪を一つ制作してもらう事にしました。

授業をするにあたって、自分で内容を考えながら、我ながら色々なことを再発見。

ジュエリーとアート(彫刻)の違い。
*両方とも、視覚は大切だけれども、ジュエリーでは触覚が重要

身に付けるということは、肌に触れた時の気持ちや、長時間付けていた時にどうか、など、触覚で感じ取ることが案外大きいのです。

何年か前、青山のショップのオープニングパーティーの席で、私のゴツいチョーカーを見たスタイリストさんがこんな事を言いました。

ス:「これ、重いですよね、でも、疲れませんよね。」
あ:「そうですね、案外平気です」
ス:「なんでだか分かりますか?」
あ:「??」
ス:「魂が入ってるからですよ。だから、長時間つけてても全然疲れない。」

これは、結構唐突でびっくりしましたが、嬉しかったです。
このスタイリストさんは、かなり活躍されている方で、でもこういう信念でやってらっしゃるから、成功しているんだなあ、と感心したのでした。


触覚には、丸みがあって痛くないとか、軽いから疲れない、というような現実的な触覚もありますが、「心の籠ったものだから、気分がいい」という触覚も存在するんです。


だから授業では
「ジュエリーは小さいものだけれども、小ささを感じさせないジュエリーが、良いジュエリーだと思います。小ささを感じさせない、というのは、どういうことかというと、それは”エネルギー”、ジュエリーの中心から発せられているもの。それは“心”です。心の籠ったジュエリーを作りましょう。」 と、言いました。

普段からそう思って来たし、作品に出るものは自分自身ということも分かっているつもりでしたが、また人に教えるという行為を通して、自分が発した言葉がそのまま帰って来ました。

友達に話す言葉とはまた違う、教えるということには、とても責任感が伴うようです。
そして、その責任感は何か重要なことを自分に教えてくれているような感じです。

授業は本当に楽しく、生徒達の若さと自由な心に触れられて、自分もまた学び、よく笑い、考えさせられ、勇気も貰えます。

短期ではなくて、もっと学校に行きたいと思ってしまうくらいです(笑)

日本に帰って来てから、孤独に制作してきたことへのご褒美かな、なんて思います。
それが普通になりつつあったところなので、これは素晴らしい気分転換です。
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by aasaag | 2007-06-22 14:39
2007年 06月 02日

肉体について考える

SOFA展の最中ですが、実は日本にいます。。。

というのも、前回このブログを書いた次の日くらいに急に具合悪くなり、その時のショックでパニックを起こし、救急車に生まれて初めて乗りました。
(暗い話ですみません。笑)
検査などで、数値の異常は何もなく、特に心配することもなかったのですが、NYに行くと今後の予定がパンパンだったこともあり、休養の必要性を感じて、今回のNY行きはパスしました。
持って行く予定だった作品を一つ諦め、出来ていたものは即行郵送し、少しジュエリーからは離れて、のんびり生活してました。

ニューヨーク行きをとても楽しみにしていたので、残念ではありましたが、体調を崩した事で、色々なことを考えるきっかけになり、素晴らしい休暇となりました。

庭に、ブルーベリーとブラックベリーの苗を植えました。
偶然見つけて、純粋に「食べたい!」と思って買って来ました。
草ぼうぼうだった庭の手入れをして、畑を耕して、苗を植えて。
そういうシンプルな事が、たまらなく楽しくて、名前も知らないたまらなく気持ち悪い虫を掘り返してギョッとしたり、雑草の生命力に変に感心したり、ちょっとした草花の作りに感動したり。
今まで、全くやって来なかった事です。
そして、多分制作者にとって、一番大切な身近な自然。
自然という、こんなに偉大なデザイナーを無視し続けていた自分に呆れ返り、そして今更ながら、出会えたことに喜びを感じました。

毎日庭に出て、何かしらいじって遊んでいます。

多分、そろそろこういう時期だったんだろうと思います。
がむしゃらに作る時期はそろそろ終わりで、これからは生活の中に制作があるというライフスタイル。
運動も全くしていなかったので、ジムにも入会しました。
そして、自分の体力の無さに、また唖然。

良いもの作るには、体力が必要です。
健康な精神は健康な肉体に宿る。
それはそのまま、作品に宿る。

「人は、精神、肉体、魂の3つのうち、どれかが低かったら、その一番低いところにレベルが合ってしまう」と、ラインホルト・メスナーというスゴイ登山家が言ってましたが、その言葉を思い出しました。

今まで、あまり肉体について考えて来なかったせいで、その一番低いレベルに合わされてしまった、と思いました。

気付くために具合悪くなったのではないかとさえ、今は思って自分の身に起きた事に感謝しています。
そして、こういう時にこそ、色々な人に私は助けられ、支えられ、本当の意味での優しさを感じることが出来ました。
色々な経験が出来るというのは、とても贅沢なことです。
そして、今元気で健康である、まだいくらでも作れる、ということは、なんて素晴らしいことでしょう、と心から思いました。

また、新しい気持ちで制作スタートです。
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by aasaag | 2007-06-02 19:34